登山コラム《山記者小野博宣の目》
2018年8月29日 秋雨の南岳




秋雨の南岳

 「南岳」と問われると、読者はどこの山を思い浮かべるだろうか。北海道から九州まで、この名前の山は各地に点在している。「みなみ」という言葉は身近で、親しみやすい響きがある。また、方角の山名は「村の南にある山だから」と付けやすかったのではなかろうか。
 では、飛騨山脈(長野・岐阜県)の南岳を思い起こす人は、一体どれだけいるだろうか。山の知識のない方はまず無理だろう。だが、山慣れた人なら、「北アルプスの……」と合点がゆくはずだ。
 実は、この山は標高が3033㍍もある。全国の南岳の中ではずば抜けており、日本17位の高峰なのだ。だが、その存在はとても地味と言わざるをえない。
 なぜか。北に槍ケ岳(3180㍍)、南に奥穂高岳(3190㍍)と衆目を集める山々に囲まれている。その地理的要因も大きく影響しているだろう。注目度も知名度も、エース級の山には遠く及ばない。さらに、お椀を伏せたような丸い山容は、変化に乏しく、山好きの心をつかむにはいまひとつなのだ。
 南岳の名付け親である鵜殿正雄氏も「峰頭平凡で記すべき事はない、南岳と命名した」と手記「穂高岳槍ケ岳縦走記」(1909年8月)に書き残している。名付け親の割には、愛着が感じられない口ぶりだろう。

雨中の南岳山頂

雨中の南岳山頂

 その南岳を、夏の終わりに訪ねる機会に恵まれた。正直に言えば、その山が目当てでない。南岳を通過し、一般登山道の最難路のひとつといわれる大キレットを越えて、北穂高岳(3106㍍)に出向く予定だった。
 だが、南岳山頂に到着した時、秋雨前線の影響で風雨は強く、霧状の水滴が全身をぬらした。特に眼鏡に細かな水が付着して、視界を奪われた。これでは、両手を使って岩をよじ登る大キレットは通ることはできない。早々に山頂を後にしたが、標識がぽつんとある頂は一層わびしいものに見えた。
 夏とはいえ、3000㍍の稜線である。山頂直下の山小屋・南岳小屋の中は冷えて、石油ストーブがたかれた。焼酎を飲み、山仲間と会話を重ねていると、窓外が明るくなったのに気づいた。雲が切れて、青空がのぞいていた。一眼レフカメラを小脇に抱え、小走りに外に出た。

大キレットと北穂高岳の絶壁

大キレットと北穂高岳の絶壁

竜の背中のようにうねる大キレットと、北穂高岳の絶壁が見通せた。

常念岳 槍穂側からの常念岳はなかなか見られない

常念岳 槍穂側からの常念岳はなかなか見られない

目を転ずると、堂々と鎮座する常念岳(2857㍍)、雲間に笠ケ岳(2898㍍)の英姿も見える。

笠ヶ岳

笠ヶ岳

 目を北側に向けた。南岳のかなたに、槍ケ岳が見えた。丸みを帯びた南岳と、鋭鋒の槍ケ岳。それを一幅の絵に収めてみると、コントラストが実に面白い。一続きの稜線上に、こうも個性の違う山が並ぶのも興味深い。

南岳と中岳にはさまれた槍ヶ岳 手前は南岳小屋

南岳と中岳にはさまれた槍ヶ岳 手前は南岳小屋

「南岳は、槍ケ岳の引き立て役なのか」と妙に得心した(もちろんその逆もありえる)。
 晴れたのもつかの間。数分後には、豪華な山の競演は白い雲のベールに包まれた。
 翌日は風雨がさらにひどく、撤退を決めた。天狗原分岐から横尾、徳沢を経由して上高地へ。晩夏の山行は秋雨前線にたたられてしまった。だが、北アルプスの山々の風貌に触れたようで、それはそれで愉快な旅となった。【毎日新聞元編集委員、日本山岳ガイド協会認定登山ガイド・小野博宣】

晩夏をつげるサラシナショウマ

晩夏をつげるサラシナショウマ

●アクセス●
 一般向きなのは、上高地バスターミナルからのコース。上高地から梓川沿いを歩き、山小屋・槍沢ロッジで1泊。さらに天狗原分岐から天狗池を経由して、南岳に通じる稜線へ。南岳小屋に1泊して下山するのが無難。稜線直前は細尾根や鎖場、ハシゴもあり、注意が必要。

●参考・引用文献●
・青空文庫「穂高槍ケ岳縦走記」(鵜殿正雄・著)

●筆者プロフィール●
 1985年毎日新聞社入社、東京社会部、宇都宮支局長、生活報道部長、東京本社編集委員、東京本社広告局長などを経て現在、大阪本社大阪営業本部長。2014年に公益社団法人日本山岳ガイド協会認定登山ガイドステージⅡの資格を取得。同社の山岳部「毎日新聞山の会」会長