登山コラム《山記者小野博宣の目》
2018年11月7日 秋晴れの生駒山(642㍍)




秋晴れの生駒山(642㍍)

 大阪府と奈良県の境にある生駒山に、よく晴れた秋の日に登った。中腹の額田山展望台に立つと、大阪市内が一望できる。六甲山や淡路島を背景に、梅田のビル群が林立している。少し離れた所に超高層ビル「あべのハルカス」(300㍍)がぽつんと建っている。一番のノッポが仲間から遠ざかっているように見えて、どこかユーモラスだ。
 耳を澄ませば、山ろくの公園で遊ぶ子供たちの声、鉄路の音もかすかに聞こえる気がする。人の生活と近く、古くから人とのかかわりが深い山だったのだろう。かつてはきこりや狩人が闊歩(かっぽ)し、柴刈りの人たちもいただろう。老木は「大阪の陣」を見つめていたかもしれない。人の体臭のようなものが山肌から漂うようで、なんとも温かな雰囲気の山だ。首都圏の人里近い山、丹沢や高尾山に登り慣れている私は、生駒山の人くささがいっぺんに好きになった。
 近鉄額田駅を降り立ち、住宅街を抜けて、枚岡公園へ。大勢の親子が遊ぶ中を、展望台を目指して進む。公園内は小径が交錯し、わかりづらい。道標と案内板が頼りだ。展望台には、駅から小1時間程度で到着した。わずかな時間で得られた大阪の大展望に満足度は大きい。

額田山展望台からの眺め。大阪市内を一望できる

額田山展望台からの眺め。大阪市内を一望できる。
ひときわ高いのは「あべのハルカス」手前に「近鉄花園ラグビー場」の赤いスタンドが見える

 一息つき、山頂へ向かう。摂河泉(せっかせん)展望コースを登りつめて行く。所々に急傾斜地や岩の露出箇所がある。転ばないように、息が切れないように、歩幅を小さくしてゆっくり歩みを進めた。アザミの仲間が花を咲かせ、クヌギなどの高木が出迎えてくれた。関東地方の山でよく見るアオキが少ないように思えるのだが、気のせいだろうか。

アザミの一種

アザミの一種

 休みを適度に取りつつ、1時間半ほど歩くと、たくさんの電波塔に行き着いた。まるで鉄の森のようだ。伊丹空港に着陸する航空機の窓から、この鉄塔群がよく見える。太古や中世にはなかった、現代・生駒山のランドマークといえるかもしれない。

鉄塔の森

鉄塔の森

 山頂付近は、入場無料の山上遊園地になっている。休日とあってどのアトラクションも長蛇の列だ。泣く子、笑う子でかまびしすい。が、「うるさい」と思ってはいけない。自分もそうだったに違いないし、未来の地球を支えてくれる人材なのだ。
 一方、この山には、鬼が住民の子供を誘拐して食べた伝説が残る。修験道の開祖・役小角(えんのおづぬ)が鬼の子供を連れ去り隠してしまう。困った鬼は改心を誓い、以後は役小角に付き従ったという。周辺には「鬼取町」の地名も残る。幼子の姿があふれる平成・生駒山には似つかわしくない伝説だが、親子の情愛は今も昔も、人も鬼も変わらないということか。

にぎわう生駒山山上遊園地

にぎわう生駒山山上遊園地

 また、この山の一等三角点も興味深い。他の山なら山頂付近に露出しているのだが、ここではミニ蒸気機関車の敷地内に立っている。鉄路と三角点の不思議な取り合わせだ。柵を乗り越えられないので、触れることはできない。一等三角点が大切に保管されているようで、これはこれでほほえましい。
 周囲は家族連れやカップルばかり。予想外のにぎわいの中で、中年男の私は1人でおにぎりを食べた。なんとなく居心地が悪い。好天に恵まれた休日の生駒山山頂は、独り者には不向きなのだと得心した。明るい声に背中を押されるようにして山を降りた。幸いにも生駒山には登山ルートはたくさんある。今度は1人ではなく、仲間と歩いてみたい。

鉄路に囲まれた一等三角点

鉄路に囲まれた一等三角点

●アクセス●
 人気の山だけに、鉄道によるアクセス方法も多い。近鉄の額田駅、石切駅、生駒駅、南生駒駅、新石切駅から各登山口へ。山頂へ向かうケーブルカーは、生駒駅前から乗車できる。

●石切温泉ホテルセイリュウ●
 石切駅から徒歩5分ほどにあるホテル。入浴料1000円(2018年11月現在)で日帰り温泉が楽しめる。浴場からは大阪市内が一望にできる。浴場の直下を近鉄電車が走り、鉄道ファンも楽しめるだろう。
大阪府東大阪市上石切町1-11-12 
072-981-5001

●筆者プロフィール●
 1985年毎日新聞社入社、東京社会部、宇都宮支局長、生活報道部長、東京本社編集委員、東京本社広告局長などを経て現在、大阪本社大阪営業本部長。2014年に公益社団法人日本山岳ガイド協会認定登山ガイドステージⅡの資格を取得。同社の山岳部「毎日新聞山の会」会長