登山コラム《山記者小野博宣の目》
2019年4月27日 緑の回廊・天城山




緑の回廊・天城山


 天城山という名前を口にすると、どこか懐かしく、青春時代の多感だった日々を思い起こす。その理由は明白だ。高校時代に文芸部に所属していた私は、川端康成の小説「伊豆の踊子」に親しんでいた。若い日の文豪の体験的小説であり、踊り子と一高生の淡い恋物語に、10代だった私も自分を重ねていたのかもしれない。

 年を経た今も、天城山に登る時は心が軽やかになる。小説への郷愁や共感といった思い入れがあることが理由の一つだろう。もう一つは、伊豆の山々の懐深さにある。登山口は街から遠く、広葉樹に覆われた登山道は行けども行けども緑が途切れない。天然の回廊であり、緑の天井が続く。突風や強烈な陽射しを遮(さえぎ)ってくれる。この山にはそんな安心感、安堵感がある。4年ほど前の7月、小説の舞台になった天城峠から天城山を縦走したことがある。木々の緑が太陽光線を遠ざけてくれ、快適な山旅だった。

 2019年4月、ゴールデンウィーク初日に天城山を目指した。伊東駅からレンタカーで小一時間ほど走り、天城高原ゴルフ場前にある駐車場に到着した。好天を期待したが、雨模様だった。「レインウェアの練習になる」と気を取り直して歩き始めた。

 しばらくは大小の岩塊の上を歩くことになる。いずれも火山の噴出物だったのだろう。長い年月に角が取れて、丸みを帯びた石が多い。それでも岩の上は歩きにくい。足を取られて捻挫などをしないように、慎重に歩く。万二郎岳(ばんじろうだけ・1299m)が近づくにつれて道の傾斜が増してくる。ヒメシャラやブナの木々を眺めながら、息を切らせないようにゆっくりと歩む。

天城山へ向けて出発
天城山へ向けて出発

 崩壊した登山道が目立つようになる。雨に流されたのか木の階段や杭が散乱し、泥の中に半ば埋まっている。無残な光景だ。歩行には適さないので、登山者は迂回することになる。迂回した部分の土はえぐれ、木の根が露出する。登山道の崩壊は周囲の自然を破壊するきっかけとなってしまう。



崩壊した登山道

崩壊した登山道

 白い霧がかかったような万二郎岳に到着した。展望はなく、マメザクラの可憐な花が出迎えてくれたのがせめてもの救いだろう。簡単な昼食を済ませて万三郎岳(ばんざぶろうだけ・1406m)に向かう。急傾斜地を降下し、さらに登る。アップダウンを繰り返し1時間ほどで到達した。こちらの山頂にも誰もいなかった。雨こそ降らないものの、かなりの寒さだ。山頂の温度計は4.5度を指していた。侵入してくる寒気には、樹林帯でも防ぐことはできない。手先が冷たくなってきた。記念撮影ののち、下山を開始した。

霧に煙る万二郎岳山頂
霧に煙る万二郎岳山頂


可憐なマメザクラ
可憐なマメザクラ


万三郎岳を後にする
万三郎岳を後にする

 深い緑と苔むした岩の間を下ってゆく。どちらを見ても緑色の世界だ。伊豆の山の奥深さを実感する。あと少しで下山という時に、ほほを打つものがあった。地面には米粒よりも小さな白い物体がパラパラと落ち始めた。雹(ひょう)だ。4月下旬の天城山で雹に降られるとは思いもよらなかった。登山道周辺の地面がみるみる白くなっていく。雹は雪に変わり、降り続いた。下山口の駐車場に到着しレンタカーに目をやると、雪が屋根やフロントガラスに数センチも積もっているではないか。この時期のタイヤはノーマルタイヤだ。寒さで路面が凍結すると走行は困難になる。あわてて伊東市内に向かったのは言うまでもない。4月下旬の伊豆で雪まみれとなった車が走る。対向車のドライバーはさぞ驚いただろう。

快晴の天城山(中央)。城ケ崎海岸の灯台より撮影
快晴の天城山(中央)。城ケ崎海岸の灯台より撮影

 翌日は一転快晴となった。伊豆半島東海岸に位置する城ケ崎海岸に出向いた。海岸にある灯台からは、青空を背景にした天城山が見えた。晴天の天城山は生来の温かみを取り戻したようにも見える。昨日は雪と雹で登山者を冷たく突き放したが、暖国の山の恵みを知っている私は、必ず再訪することになるだろう。【毎日新聞元編集委員、日本山岳ガイド協会認定登山ガイド・小野博宣】(2019年4月27日登頂)

【天城山】
 天城山という山はなく、連山の総称。最高峰は万三郎岳。山バッジは、駐車場近くの天城高原ゴルフ場のクラブハウスで入手可能だが、汚れた登山靴や登山服でクラブハウスに入るのはマナー違反となるので要注意。筆者の体験では、クラブハウスの外で「どうしようか」とたたずんでいたら、気が付いた職員の方がかごに入ったバッジを持て来てくれた。また、付近の「ホテルハーヴェスト天城高原」の売店で購入できるという。いずれにしても事前に電話などで売り切れていないか確認する必要はあるだろう。トイレは駐車場に一か所だけ。

【伊東観光】
 せっかく伊東まで来たのなら、下山後にはおいしい魚と温泉に入りたいところ。伊東駅前の食堂はどこも込み合い、価格も高めの設定。駅から10分ほど歩くと、地元の方々が利用する居酒屋や定食屋がある。ここが穴場となる。日帰り入浴も高めのホテルなどではなく、地元の皆さんが利用している銭湯があちこちにある。今回もお世話になったが、入浴料はたったの300円だ。ご迷惑をおかけしないようにマナーを守って入浴したい。また、伊豆名物の干物も駅前は高額になっている。住宅街にある魚屋に行ってみよう。駅前で数千円する高級干物が、1000円以下で購入できる時もある。「タクシー代を使っても街中の魚屋に行く」という人もいるほどだ。丹念に探してみよう。


●筆者プロフィール●
 1985年毎日新聞社入社、東京社会部、宇都宮支局長、生活報道部長、東京本社編集委員、東京本社広告局長、大阪本社営業本部長などを経て現在、関連会社の(株)毎日企画サービス顧問。2014年に公益社団法人日本山岳ガイド協会認定登山ガイドステージⅡの資格を取得。毎日新聞社の山岳部「毎日新聞山の会」会長
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