登山コラム《山記者小野博宣の目》
2019年5月2日 花咲く南高尾山稜


花咲く南高尾山稜

 東京都八王子市の高尾山(599m)は不思議な山だとつくづく思う。登山者数世界一の山というだけでなく、豊かな自然が残されている。1600種類もの植物が自生し、数千種類の昆虫がいるといわれる。古くからの山岳信仰の霊場であり、多くの人々が貴重な自然を守り、伝えてきたのだろう。

 だが、高尾山そのものを目指そうと思うと、静かな山行は望めない。平日でも大勢の登山者の皆さんが思い思いに汗をかいておられる。では、高尾山で静寂な山歩きは望めないのかと言えばそうではない。山域が広く、登山者があまり歩かないルートや地図にはないバリエーションルートもある。この辺りの懐の深さも、魅力のひとつなのだ。

 今回歩く南高尾山稜は、すれ違う人も比較的少なく、ゆっくり歩くことができる。高尾山頂を目的にすると、行程は5時間程度のロングコースになる上に、アップダウンも多い。また、トイレは道中にまったくない。そんな理由で敬遠されているのではないかと思う。

 ゴールデンウィークにその南高尾山稜を歩くことに決めていた。このコースには、この季節だけの楽しみがある。山中のとある場所に花畑があるのだ。今回の目的はその花々を見に行くことにある。ただ、詳細な場所はここで記すことはお許しいただきたい。理由は盗掘の恐れがあるためだ。インターネットで丹念に検索すればわかることかもしれないが、元新聞記者の信条として明かす気にはなれない。

 京王線高尾山口駅前の国道20号を渡り、民家の脇を抜けて登山道へ。稜線にはすぐにたどり着く。高尾山へ向かう道をたどる。あまり展望もない稜線歩きが続く。ヤマツヅジやハナイカダなどの山野草をめでつつ、3時間程度歩く。上り下りの激しい山道にやや疲れを感じた時に、ある目印に沿ってわき道に入る。

 5分も歩くとお目当てのニリンソウの群落に行き合う。たくさんの白い花が風に揺れる。盛りをやや過ぎたようだが、どれも1本の茎に2つの花をつけ、仲の良い友人や恋人のようだ。純白の絨毯(じゅうたん)に中年男性の私でも心ときめく。この花々を見られただけでも3時間の山歩きに耐えた価値があるというものだ。山野の湿った場所を好むニリンソウを都市部で見ることは難しい。都心からほど近い場所で目にすることができるのは、やはり高尾山ならではといえるかもしれない。

 周囲に目をやると、黄色が鮮やかなヤマブキソウ、淡い紫色が清楚な印象を与えるジロボウエンゴサクも咲いていた。春の花の競演とはぜいたくなことだ。下山口近くの水場にはクマガイソウの小さな群落があった。袋状の唇弁はいつ見てもユーモラスで、自然の造形美に感心してしまう。シャガの花も咲いていた。白と青紫のコントラストがあでやかだ。この美しい花の花言葉が「反抗」というのはどうしたわけだろうか。ミズバショウもあったが花の時期はすでに終わっていた。青々とした、光沢のある葉が生命力の強さをうかがわせる。

 付近の人家で話を聞くと、クマガイソウは近隣の方々が丹精込めて育ててきたという。それだけに掘り起こされ盗まれることは気がかりだろう。登山道のあちこちに盗掘を警告する看板が目についた。それだけ被害がひどいということだ。盗掘はもちろん犯罪である。もし心ない気持ちを抱く人がいたならば、伸びやかに咲く花々をもう一度見て、どうか思いとどまってほしい。花を盗んで、心に暗闇を抱くような人生はあってはならないことだ。【毎日新聞元編集委員、日本山岳ガイド協会認定登山ガイド・小野博宣】(2019年5月2日登頂)

ジロボウエンゴサク
ジロボウエンゴサク

ハナイカダ。葉の中央部に花が咲いている
ハナイカダ。葉の中央部に花が咲いている



●筆者プロフィール●
 1985年毎日新聞社入社、東京社会部、宇都宮支局長、生活報道部長、東京本社編集委員、東京本社広告局長、大阪本社営業本部長などを経て現在、関連会社の(株)毎日企画サービス顧問。2014年に公益社団法人日本山岳ガイド協会認定登山ガイドステージⅡの資格を取得。毎日新聞社の山岳部「毎日新聞山の会」会長
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