登山コラム《山記者小野博宣の目》 2019年5月12日 大普賢岳 大阪・富士登山塾ステップ3




大普賢岳 大阪・富士登山塾ステップ3

 「あぁ、とても楽しかった」。奈良県の大峰山脈にある大普賢岳(1780m)を登山して、中年女性の参加者はそう語ってくれた。私はそれを聞き、心底うれしく思った。本格的な山登りの経験が十指にも満たない彼女が、険路で名高い鋭鋒から無事下山しての言葉なのだ。富士山を目指しての訓練登山を重ね、体力と実力を養ってくれたことを心強く思えた。
 女性が参加したのは、「初心者のためのステップアップ 富士登山塾2019」のステップ3だ。2019年5月に開かれ、22人が集まった。


 大阪・梅田をバスで出発し、約2時間後に同県上北山村の登山口に到着した。準備体操で入念に体をほぐしてから登山道に足を踏み入れた。ステップ1、2の時とは違い、参加者の足運びは格段にしっかりしている。ザックをかつぐ姿も様になってきた。ヒメシャラやブナの林を抜けて、まずは前衛の和佐又山(1344m)へ。1時間ほどで山頂にたどり着いた。初夏の風が涼しい。


 皆はザックを下し一息ついた。高山宗規・登山ガイドが「正面に見えるのが、大普賢岳です」と呼びかけた。すっきりとした三角形の山容が、青空に映える。美しい山だ。「あそこまで行くのか」「遠そうだな」との声に、高山ガイドは「見えている山は結構近いんですよ」と補足した。

出発前の準備体操は入念に
出発前の準備体操は入念に


和佐又山山頂から見る大普賢岳
和佐又山山頂から見る大普賢岳

 和佐又山からの急下降を経て、自然林の中を黙々と歩む。次第に傾斜がきつくなってくる。昔から修験道の山伏たちが修行の場としてきたという。洞窟を利用した修行場のひとつ笙ノ窟(しょうのいわや)で昼食をとった後、岩場、鉄はしご、細尾根が連続して続く難路に差し掛かった。
 垂直に近いはしごや片側が切れ落ちたがけ沿いの道もあった。初心者には手ごわい場所ばかりだ。私もカメラ取材をこなしつつ、前後の登山者が安全に通過できるように気を配った。はしごには手をかけて、崖の上は慎重に通過する参加者の皆さん。額にうっすらと汗をかき、疲れが見え始めた時、念願の山頂に到達した。「やったー」「こんな私でも登れた」「こんなに立派な山に自力で登ったのは人生で初めて」ともろ手を挙げて喜びを表現した。私もとてもうれしくなった。もらい泣きではなく、もらい歓喜だ。山は不思議なものだ。山にいると、他者の喜びがストレートに伝わってくる。私も湧き上がる喜びを抑えられない。これがあるから山登りはやめられない。

急な階段を上る
急な階段を上る

崖に設けられた桟橋を歩く
崖に設けられた桟橋を歩く


登山道の片側は切り立った崖
登山道の片側は切り立った崖

 山頂からは、大台ケ原(1695m)、八経ケ岳(1915m)といった関西を代表する山々が見えた。雄大な景色に満足そうだ。記念撮影の後、下山にかかった。私を含めて3人のガイドが見守る中、参加者の皆さんは険しい登山道を下り、無事にバスの待つ和佐又山ヒュッテに到着した。


 下山時にはしごの数を数えたら、大小合わせて27本もあった。往復だから計54本のはしごを上り下りしたことになる。日常生活ではまったく考えられないことだ。冒頭の女性は富士登山塾に参加するだけではなく、友人と金剛山に登り練習に励んだという。「だんだん足が慣れてきた」と自信を見せた。中高年者が自分の足で安全に富士山に登って下山する。そのためには、練習あるのみ。本番の8月はもうすぐだ。【毎日新聞元編集委員、日本山岳ガイド協会認定登山ガイド・小野博宣】(2019年5月12日登頂)


【富士山へ向けて7 持ち物その7】
 登山には行動食を持ってゆく。昼食や朝食のお弁当とは別のものだ。登山は莫大なカロリーを消費する。個人差はあるだろうが、定時の食事以外にもカロリーを補わなくてはならない。休憩時に同時に口の中に放り込む。小型軽量で栄養価が高いものが推奨だ。また、多少なりとも水気のあるものが良い。例えば、チョコレートやアメ、ドライフルーツなどだ。筆者はワンカップの焼酎ボトルにドライフルーツを詰め込み、こまめに食べるようにしている。


●筆者プロフィール●
 1985年毎日新聞社入社、東京社会部、宇都宮支局長、生活報道部長、東京本社編集委員、東京本社広告局長、大阪本社営業本部長などを経て現在、関連会社の(株)毎日企画サービス顧問。2014年に公益社団法人日本山岳ガイド協会認定登山ガイドステージⅡの資格を取得。毎日新聞社の山岳部「毎日新聞山の会」会長