登山コラム《山記者小野博宣の目》 2019年5月18日 大菩薩嶺 東京・安心安全富士登山ステップ3




大菩薩嶺 東京・安心安全富士登山ステップ3

大菩薩嶺の稜線からの富士山(2017年4月16日)
大菩薩嶺の稜線からの富士山(2017年4月16日)

 山梨県甲州市の大菩薩峠は、かつて武蔵国と甲斐国を結ぶ峠道としてにぎわったという。今も峠を北に進路を取れば旧青梅街道に到達し、JR奥多摩駅(東京都青梅市)へ向かうバスも出ている。山梨県の深山と奥多摩駅がバスでつながっているのは地理的には当然なのだが、東京という大都会の窓口と大菩薩嶺のひなびた山容の近接に、意外な感を抱く。

 さて、初心者や入門者が富士山を目指す「安心安全富士登山2019」のステップ3が5月中旬、行われた。参加者21人は東京・新宿でバスに乗り込み、一気に登山口の上日川峠へ。バスが到着した時には峠の駐車場はマイカーでいっぱいで、路線バス3台が停車していた。
 登山口脇に立つロッジには大勢の登山者がたたずみ、大賑わいだ。同峠までの道路が整備され、JR甲斐大和駅からのバス便もある。名著「日本百名山」で作家の深田久弥氏は「私が初めて行った大正十二年(一九二三年)にはまだ訪れる人も稀(まれ)で……全く登山者に出会わなかった」と記した。この時とは隔世の感だろう。

 準備体操を終えた一行は、登山道を進む。30分ほどで山小屋「福ちゃん荘」に到着した。この山荘には興味深い歴史がある。1969年11月に過激派学生の一斉検挙の舞台となり、2002年9月には皇太子時代の天皇・皇后両陛下が登山の途中に休憩に訪れた。現代史の一幕に登場する小屋なのだ。そうした予備知識を知った上で福ちゃん荘を眺めると、古風なたたずまいに見入ってしまう。

歴史のある「福ちゃん荘」
歴史のある「福ちゃん荘」

 登山はここからが本格的なものとなる。カラマツ林が見事な唐松尾根をじっくりと登ってゆく。平たんな道から緩斜面へ、そして急斜面へと勾配が増してゆく。先頭の上村絵美ガイドは「意識してゆっくり歩いてください。物足りないくらいがちょうどよい。富士山では早く歩くと、若者でも途中でばててしまいます」と声をかけた。小さな岩場、滑りやすい泥濘(でいねい)もある。参加者は丁寧な足さばきを繰り返した。ツツドリのとぼけたような声が遠くに聞こえた。シジュウカラのさえずりもかまびすしい。山は鳥たちの恋の季節なのだ。休憩時には「ザックを下して背中を開放してあげて。(背中の)汗を逃がしてくださいね」。また、女性の参加者だけを集めて、山でのトイレについて説明した。女性ガイドならではの細やかな心遣いだ。


案内板の前でコースを解説する上村絵美ガイド
案内板の前でコースを解説する上村絵美ガイド

上村ガイドは登山地図の読み方も講習した
上村ガイドは登山地図の読み方も講習した

 1時間半ほどで稜線に到達した。食事休憩の後は、大菩薩嶺(2057m)の山頂に向かう。今回の教室では初の2000m峰だ。樹林帯の中を10分ほど歩き、山頂に着いた。山名標には写真撮影の登山者が並んでいた。山頂から大菩薩峠までは小一時間ほどの、気持ちの良い稜線散歩となる。晴れていれば右手に富士山が見えるのだが、雲が厚く姿を見ることはできなかった。だが、手前に大菩薩湖、遠くに甲府の街を見ながらの山歩きは快適だ。峠からは整備された道を下り、福ちゃん荘に戻った。参加者からは「ステップ2の大山よりも楽に歩けた。山に慣れたのかな」との声が聞かれた。本番の8月は目前だ。さらに練習登山に励みたい。【毎日新聞元編集委員、日本山岳ガイド協会認定登山ガイド・小野博宣】(2019年5月18日登頂)


大菩薩峠
大菩薩峠


にぎわう大菩薩嶺山頂
にぎわう大菩薩嶺山頂

【富士山へ向けて8 山小屋1・個室】
 富士登山で山小屋に初めて宿泊するという人も多いだろう。「個室はあるの?」という声を聴くことも多い。残念だが、富士山の山小屋には原則個室はない。布団も1人1枚あればいい方で、混雑時は布団1枚に2人以上となる。かなりの狭さで身動きは取れない。見知らぬ人と一つの布団ということもよくある。個室で育った人には苦痛で眠れないこともあるだろう。だが、富士山登頂という目標の前では、数時間の辛抱だ。眠れなくても横になり、目をつむっているだけでもある程度疲労は回復する。じっと耐えよう。また、耳栓やアイマスクがあると、安眠の一助になる。ヘッドランプは到着後すぐに首にかけておこう。夜間トイレに行く時などに重宝する。「どうしても個室で寝たい」という方は山小屋のホームページを丹念に閲覧しよう。実は個室のある山小屋はある。ただし平日限定だったり、かなりの高額だったりする。筆者の経験では、個室でなくてもゆったり泊まることができる日がある。開山直後の平日が狙い目だ。ただし、梅雨時と重なることが多く、晴天の確率は低い。

【参考資料】
▽「日本百名山」(深田久弥・著、新潮文庫)

●筆者プロフィール●
 1985年毎日新聞社入社、東京社会部、宇都宮支局長、生活報道部長、東京本社編集委員、東京本社広告局長、大阪本社営業本部長などを経て現在、関連会社の(株)毎日企画サービス顧問。2014年に公益社団法人日本山岳ガイド協会認定登山ガイドステージⅡの資格を取得。毎日新聞社の山岳部「毎日新聞山の会」会長
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