登山コラム《山記者小野博宣の目》
2019年5月26日 暑い!六甲山


暑い! 六甲山

 兵庫県芦屋市の阪急芦屋川駅の標高は30mほどという。駅舎のほとりを芦屋川が流れているが、間もなく瀬戸内海に流れ込む。海が近いのだ。2019年5月下旬、私はその駅前にある小さな公園にたたずんでいた。電車が到着するたびに、ひとつしかない改札口から登山客がひっきりなしに降りてくる。この駅は六甲山登山の玄関口となっている。私も昨年春に一度訪れている。

 仲間と連れ立って歩きだした。住宅街を抜けて30分ほど歩く。公衆トイレと茶店を過ぎると、高さ10mほどの滝があった。高座(こうざ)の滝という。滝の脇をすり抜けると、勾配は厳しさを増してくる。そして、岩場に到達する。昨年ここを通過した際には、さしたる記憶はない。すっと登ってしまったのだと思う。

 だが、今回は違った。とにかく暑いのだ。また、大勢の登山者による渋滞が発生し、避けようのない日差しの中で立ち尽くすことになった。北海道で気温38度を記録した日だ。神戸地方の最高気温も28・4度だった。風も微風で、暑さをしのげない。山登りに疲れたのだろうか、幼い女の子が「嫌だ」「歩きたくない」と泣き叫んでいた。その甲高い声が耳に刺さり、どうしてもいら立ってしまう。ここで自分の歩行ペースが大幅に崩れたことを自覚した。

渋滞が発生した岩場付近
渋滞が発生した岩場付近

 安全登山の根底は、自分のペースを知り、体調を維持しながら歩くことにある。息の切れない速度を体で覚えることだ。そして、ひとたび登山道に出れば、それを守り通して体力を温存する。自分の実力を知った上で、生身の体の調子と、傾斜や寒暖といった自然環境をなじませて歩く。そこに登山というスポーツの面白みがある。

 だが、いったんペースが乱れると、体調を整えることが難しくなる。早い段階で修正しないと、疲れ切ってしまい歩行困難に陥る。熱中症にもなりかねない。そんな時は思い切って休憩を取ってしまうことだ。歩き始めてちょうど1時間になった。日陰のある岩場の片隅で5分の休息をとった。乾いたハンカチで汗をぬぐい、深呼吸をした。スポーツドリンクを飲み、ドライフルーツを口に放り込んだ。これだけでも心が落ち着く。この後も30分に5分の休みを取り、テンポをつくることに徹した。

 重い足を持ち上げて、岩場の続くロック・ガーデンを抜けると、昼過ぎに風吹岩に到達した。岩の上に三毛の野良ネコがいた。メスのようだ。人の側に寄って来るが、こびを売るわけでもない。なかなか気丈な風貌(ふうぼう)だ。かたわらを歩き去るネコを見ながら、パンを食べて水分を補給した。食欲も出てきた。やっと体調が回復したようだ。すぅっと体が軽くなった。これでリズムよく歩けるだろう。

風吹岩
風吹岩

風吹岩の野良ネコ
風吹岩の野良ネコ

 樹林帯の登山道を抜け、七曲(ななまがり)と呼ばれる急勾配の難所をゆっくり歩いた。登り始めて3時間余り、六甲山の最高峰に立った。薄曇りで遠くの視界は得られなかった。だが、吹く風は湿気が少なくさわやかだ。歩き切った喜びが安心感となって全身を包んだ。芦屋川駅からの標高差は900mもある。六甲山は低山の部類だが、この標高差が醍醐味につながっている。なかなか歩きがいがある。

広々とした六甲山最高峰
広々とした六甲山最高峰

 下山は、江戸時代から灘と有馬を結んでいた歴史ある交通路・魚屋道(ととやみち)を1時間かけて歩いた。途中白い花の群落があった。純白の花びらが目にまぶしい。ガクウツギの一種だろう。濃厚な香りが印象的だ。山道の先には有馬温泉がある。吹き出た汗を流したい衝動にかられ、自然と早足になる。山を下りれば温泉。六甲山の魅力のひとつだろう。【毎日新聞元編集委員、日本山岳ガイド協会認定登山ガイド・小野博宣】(2019年5月26日登頂)

ハチが飛来していたヤマツツジ
ハチが飛来していたヤマツツジ

ガクウツギの一種。濃厚な匂いを放っていた
ガクウツギの一種。濃厚な匂いを放っていた

●筆者プロフィール●
 1985年毎日新聞社入社、東京社会部、宇都宮支局長、生活報道部長、東京本社編集委員、東京本社広告局長、大阪本社営業本部長などを経て現在、関連会社の(株)毎日企画サービス顧問。2014年に公益社団法人日本山岳ガイド協会認定登山ガイドステージⅡの資格を取得。毎日新聞社の山岳部「毎日新聞山の会」会長
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