登山コラム《山記者小野博宣の目》 2019年6月23日 荒島岳 大阪・富士登山塾ステップ4

荒島岳 大阪・富士登山塾ステップ4

 福井県の荒島岳(1523m)の山頂に登り切ると、ピンク色の花が視界に飛び込んできた。鮮やかな色が汗で曇った眼にしみる。山麓では季節が終わったタニウツギだ。登頂のご褒美(ほうび)に、と花束を手渡されたようで心が和んだ。
 重いザックを下ろして一息つく。共に登った皆さんも安どの表情を浮かべ、腰を下ろしたり、草の上に横たわったりしていた。「どっしりとした大きな山だ」とは思っていたが、標高差約1100mはやはり長く、苦しい。毎週のように山に登る私でさえそう思うのだから、初心者の方々ならなおさらだろう。

 私が参加したのは、山登りの入門者が富士山を目指す「初心者のためのステップアップ 富士登山塾2019」のステップ4だ。福井県大野市内のホテルに前泊した参加者15人は午前7時前に、中出(なかんで)コースの登山口に集まった。標高は約400m。山頂までの遠い道のりを思うと身震いする。
 標高差1000m超と言えば、丹沢の大倉尾根(通称バカ尾根)を思い起こす。標高差1200mの大倉尾根を登る時は、参加者の体力に合わせて30分から1時間ごとに休憩をはさむ。それでも急峻な場所では、息が上がらないように体調を整えながら歩くのに苦労する。中出コースもおそらく同じだろう。

 稲田正道ガイドを先頭に一行は歩み始めた。林道から樹林帯へ。見事なブナ林の中を登りつめてゆく。予想通り急傾斜の道が続く。稲田ガイドは「小またで歩きましょう。歩幅はできるだけ小さく、小さく」と声をかけ続けた。シモツケの淡く赤い花、コアジサイの純白の花々に目を楽しませ、息苦しさを紛らわせる。
 やがて前衛峰の小荒島岳(1186m)にたどり着いた。山を渡る風が心地よい。荒島岳は雲の中で、姿は拝めなかった。そして、ここからが核心部となる。急坂や階段などが連続する難所「もちが壁」が待ち構える。壁と名付けられるくらいだから、よほど急なのだろう。緊張感が参加者を包む。だが「あら、ロープがある。どうしましょう」「ゆっくりいきましょう」と互いに声をかけながら、大きな段差や鎖場をひとつひとつゆっくり越えた。そして、もちが壁に取りつくこと30分余り、山頂に連なる稜線に出た。空が広々としていてすがすがしい。

難所のもちが壁に挑む参加者の皆さん
難所のもちが壁に挑む参加者の皆さん

かわいらしいコアジサイ(ユキノシタ科アジサイ属落葉低木)
かわいらしいコアジサイ(ユキノシタ科アジサイ属落葉低木)

赤い花が印象的なシモツケ(バラ科シモツケ属落葉低木)
赤い花が印象的なシモツケ(バラ科シモツケ属落葉低木)

糸くずを重ねたようなシライトソウ(ユリ科シライトソウ属)
糸くずを重ねたようなシライトソウ(ユリ科シライトソウ属)

 荒島岳山頂には雲がかかり、遠くは見通せなかった。だが、皆が笑顔になった。苦しかった登りを耐えた喜びは、また格別なのだ。下りは勝原コースをたどる。こちらも標高差は約1000mだ。足には疲労が蓄積している。登り以上に慎重に足を運び、じっくりと下降した。7月は最後のステップとなる八ケ岳・硫黄岳(2760m)と北アルプス・唐松岳(2695m)が待っている。本番の富士山まであとわずかだ。【毎日新聞元編集委員、日本山岳ガイド協会認定登山ガイド・小野博宣】(2019年6月23日登頂)

荒島岳山頂のタニウツギ。疲れた登山者に潤いを与えてくれた
荒島岳山頂のタニウツギ。疲れた登山者に潤いを与えてくれた


【富士山へ向けて13 安全な下山のために3】
 富士登山教室(塾)は2016年から毎年実施している。そして、山頂に立つことはできたものの、体力を使い果たして自力下山できなくなる人も毎年おられる。そうした皆さんの共通点は高齢ということだ。「無事下山できるだろうか」と不安に思う方に勧めたいのは、山中2泊だ。東京の教室では、8月14日・27日出発のコースが2泊3日の設定となっている。富士吉田口から出発し、登りは7合目・日ノ出館(2720m)に宿泊する。翌日に山頂に挑戦し、下山は8合目の白雲荘(3200m)に泊まる。これで自力下山の可能性は飛躍的に高まる。1泊2日のコースにお申し込みの方で、不安があるのなら検討していただければと思う。 

●筆者プロフィール●
 1985年毎日新聞社入社、東京社会部、宇都宮支局長、生活報道部長、東京本社編集委員、東京本社広告局長、大阪本社営業本部長などを歴任。2014年に公益社団法人日本山岳ガイド協会認定登山ガイドステージⅡの資格を取得。毎日新聞社の山岳部「毎日新聞山の会」会長