登山コラム《山記者小野博宣の目》
2019年8月27日 富士山 東京・安心安全富士登山ステップ7

富士山 東京・安心安全富士登山ステップ7

 バチ、バチと音を立てて、大粒の雨が山小屋の屋根をたたき続けた。風に飛ばされた石が屋根をゴロゴロと転がる音も混じった。2019年8月29日未明、富士山8合目の山小屋・白雲荘で、「安心安全富士登山教室2019」に参加した17人の男女は早朝の山頂アタックに備えて休んでいた。だが、秋雨前線の影響による激しい風雨に、多くの人が眠ることができずにいたのではないだろうか。そして、同宿のツアー団体の代表らが協議して、登山の中止を決めた。その決定は山小屋を通じて「毎日新聞旅行さんも登山を中止してください」と伝えられたという。自然の猛威には逆らえない。午前5時半、上村博道・登山ガイドを先頭に、時折強風が吹く中を一行は下山した。

 この日、富士山にいた多くの登山者は無念の思いで山を下りただろう。とりわけ「富士登山教室」の参加者の悔しさは並々ならぬものがあったはずだ。富士山登頂を目指して、3月から毎月一つずつ山を踏んできた。高尾山、丹沢・大山、大菩薩嶺、明神ケ岳、宝永山、硫黄岳の山々だ。真新しかった登山靴もはき慣れて汚れが目立つようになった。こうした講習登山だけではなく、独自に山に登り鍛錬してきた人も少なからずいた。ある男性は「富士山に登る前に、練習を兼ねて南アルプスの北岳(3192m)に登ってきました」と明かしてくれた。それなのに、富士山の8合目に到達しながら撤退せざるをえなかった。その気持ちや努力を思うと、私はつらくなる。

6合目の吊るし雲。山頂に強風が吹いている証拠だ(撮影・小室登氏)
6合目の吊るし雲。山頂に強風が吹いている証拠だ(撮影・小室登氏)

6合目付近に咲いていたムラサキモメンヅル
6合目付近に咲いていたムラサキモメンヅル

吉田口7合目の岩場を登る参加者
吉田口7合目の岩場を登る参加者

強い雨と風の中、8合目の山小屋を目指す
強い雨と風の中、8合目の山小屋を目指す

 だが、人生の折々でそうであるように、やむなく引き返す時はあるものだ。ましてや天気には勝てない。こんな時は岳人ならば「山は逃げない。また挑戦しよう」と励ましあう。私もこの言葉を贈りたいと思う。来年こそ参加者の皆さんと富士山に登りたい。

 一方、今回の山行で教訓も得られた。中高年者の富士登山は2泊3日が最適ということだ。4年目となる安心安全富士登山教室だが、今年初めて2泊3日のコースを設定した。1泊2日だと登頂で体力を使い果たし、自力下山ができなくなる方が毎年おられた。このため、登りの7合目で1泊、下りの8合目で1泊する。これだと3日目に余裕をもって下山できる。さらに、山頂に登る機会が2日目、3日目と2回になり、登頂率も高くなる。

撤退時には雨は止み、ご来光が拝めた(撮影・小室登氏)
撤退時には雨は止み、ご来光が拝めた(撮影・小室登氏)

下山時には、山中湖も見えた(撮影・小室登氏)
下山時には、山中湖も見えた(撮影・小室登氏)

 初日の8月27日は7合目の山小屋・日の出館に午後3時前に到着した。時間はたっぷりある。会話を楽しんだり、風景写真を撮ったりした。さらに夕食後、山小屋の若い男性従業員3人が得意のウクレレでミニコンサートを開いてくれた。富士の高嶺にウクレレの陽気な音が響き、男性たちは「大空と大地の中で」「カントリーロード」「糸」を丁寧に歌い上げた。参加者が唱和する声、手拍子も重なり、山小屋は何とも言えない温かな雰囲気に包まれた。宿泊客は「素晴らしい」「富士山に来てウクレレが聞けるなんて」と感激の面持ちだ。演奏してくれた山岸亮太さんも「みんなが歌ってくれて、一体感があって良かった」と笑顔だ。時間に余裕があれば、小屋の従業員との交流もできる。思い出深い山旅となったのは、2泊3日登山の効用だろう。


山小屋・日の出館でのウクレレ・ミニコンサート。
山小屋・日の出館でのウクレレ・ミニコンサート。ほのぼのとした雰囲気に包まれた

 芙蓉峰(ふようほう)との美称のある富士山だが、近づいてみれば溶岩流が冷えて固まった荒々しい山だ。若者なら体力に任せて登ることもできるだろう。中高年者が無事に登って自力で下山するためには、①十分な体力と技術②良好な天候③家族や周囲の理解の3点が欠かせない。2020年も「安心安全富士登山教室」は開講する。多くの中高年者が富士山に登るのを、私たちは全力で手助けしたいと思っている。
【毎日新聞元編集委員、日本山岳ガイド協会認定登山ガイド・小野博宣】
(2019年8月27~29日、取材協力・小室登氏)

●筆者プロフィール●
 1985年毎日新聞社入社、東京社会部、宇都宮支局長、生活報道部長、東京本社編集委員、東京本社広告局長、大阪本社営業本部長などを歴任。2014年に公益社団法人日本山岳ガイド協会認定登山ガイドステージⅡの資格を取得。毎日新聞社の山岳部「毎日新聞山の会」会長
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