緑の丹沢山


 4月の緊急事態宣言、外出の自粛要請は無残なものだった。経済に与えた打撃は計り知れない。また、コロナうつという言葉ができたように、人心に癒されぬ傷を残した側面もある。だが、緊急事態宣言は5月末で終わった。多くの企業や自営業者が危機的状況に陥ったが、働けば再起の道は開ける。

 そして、勇気を与えてくれることがもうひとつあった。県境をまたぐことはできないが、登山も再開できる。2カ月ぶりに、ザックに着替えや食料を詰め込んだ。湧き立つ心を抑えられない。目指す山は、神奈川県の丹沢山(1567m)だ。

 6月初旬、薄曇りの中、バス停のあるヤビツ峠を出発した。稜線をたどる。二ノ塔、三ノ塔(1204m)、烏尾山(1136m)、行者ケ岳、新大日(1396m)と順調に頂きを踏んだ。午後3時半過ぎ、塔ノ岳(1491m)に着いた。普段なら大勢の登山者がたたずむ山頂は、人もまばらだった。一抹の寂しさは否めない。山小屋・尊仏山荘に入ると、小屋主の男性が「久しぶり」と声をかけてくれた。笑顔にほっとする。アルコールを挟んでの山仲間との語らいが弾んだ。声を出して笑ったのは、いつ以来だろうか。「山小屋に来てよかった」。心がじんわりとほどけていく。

霧の中の塔ノ岳山頂。奥に見えるのが、山小屋・尊仏山荘

霧の中の塔ノ岳山頂。奥に見えるのが、山小屋・尊仏山荘


初夏だというのに、山小屋ではストーブを焚いている
初夏だというのに、山小屋ではストーブを焚いている

尊仏山荘名物の野菜カレー。野菜がごろごろしていてとてもおいしい。

尊仏山荘名物の野菜カレー。野菜がごろごろしていてとてもおいしい。
右側はサラダや果物の付け合わせ

 一方、宿泊客は私を含めて5人だった。1人一部屋となった。ソーシャルディスタンスの確保には十分だが、山小屋の経営を考えると心苦しい。小屋主は「4月、5月とお客さんはゼロ。それでも頑張らないとね」と語った。誰もが痛みを抱え、奮闘しているのだ。

 翌朝、午前6時半に出立した。丹沢山へは1時間半ほどの行程だ。稜線上の樹林に踏み込むと、そこは新緑のトンネルだった。ブナの森が広がり、足元にはバイケイソウがつぼみをふくらませていた。マルバダケブキも大きな丸い葉を広げ、我々を歓迎してくれている。昨夜の雨のしずくが葉の上に残り、時折ズボンをぬらした。「山滴(したた)る」。夏の季語を、ふと思い起こした。青々とした葉からみずみずしい水滴がこぼれる。肌に触れるのも心地よい。北から吹きよせる風は、ほほをさらりさらりとなでていく。ウグイスやカラ類の声が近くで、遠くで聞こえてきた。

 丹沢山の山頂は白い雲の中にあり、登山者もいない。しばし滞在し、来た道を引き返す。竜ケ番場(りゅうがばんば)のベンチにたどりつくと、大山(1252m)の堂々とした山体が見えた。正面には塔ノ岳が青空に浮かんでいた。雲の多い日であったが、一瞬の眺望を得られた。

 塔ノ岳から鍋割山(1272m)へ。鍋割山稜と呼ばれる山路でも、若々しい緑が迎えてくれた。ブナの樹々の間をゆっくりと歩いた。日射しとのコントラストがまばゆい。「頑張ろう」「みんなで立ち向かおう」。若葉の輝きに、素直にそう思えた。自然の恵みとはいいものだ。心と背筋をすぅーと伸ばしてくれた。緑の山々に感謝するほかない。【毎日新聞元編集委員、日本山岳ガイド協会認定登山ガイド・小野博宣】(2020年6月6日~7日)

丹沢山への道を振り返ると、塔ノ岳が見えた。山頂には山小屋が建つ
丹沢山への道を振り返ると、塔ノ岳が見えた。山頂には山小屋が建つ

丹沢山山頂。晴れていれば、富士山も拝める(2019年5月5日撮影)
丹沢山山頂。晴れていれば、富士山も拝める(2019年5月5日撮影)

鍋割山へ向かう緑の道。美しい新緑の道だ
鍋割山へ向かう緑の道。美しい新緑の道だ

鍋割山山頂からの風景。雲間に街並みが見える
鍋割山山頂からの風景。雲間に街並みが見える



●筆者プロフィール●
 1985年毎日新聞社入社、東京社会部、宇都宮支局長、生活報道部長、東京本社編集委員、東京本社広告局長、大阪本社営業本部長などを歴任。2014年に公益社団法人日本山岳ガイド協会認定登山ガイドステージⅡの資格を取得。毎日新聞社の山岳部「毎日新聞山の会」会長