登山コラム《山記者小野博宣の目》
登り続けて丹沢ボッカ-畠山チャンプ7000回の記録


 山に一回登るだけでも、なかなか大変なことだと思う。まず健康でなければならないし、登山の日まで体調を整える努力も必要だろう。なかなか手間がかかるのだ。

 そんな行為を、ひとつの山だけで7000回も続けた男がいる。さらに偉大なのは、歩荷(ボッカ)として歩んだことだ。歩荷は山頂の山小屋に食料や飲料水などを届ける。山の運送会社のような大切な役割だ。1回の荷物は合計30kg、40kgにもなる。プロパンガスボンベを運ぶことさえある。

 2021年7月14日、神奈川県・丹沢のボッカ、畠山良巳さん(68)は、塔ノ岳(1491m)に7000回目の登頂を果たした。山中で、大きな荷物を担ぐ畠山さんを目撃した登山者は多い。人々は敬意をこめて「丹沢のチャンプ」と呼ぶようになった。その金字塔となる登山に同行取材をした。

 午前8時半ごろ、私を含む「まいたび」の社員は、登山基地である大倉バス停でチャンプを待った。畠山さんは「おはよう」と笑顔で現れた。ピンク色のTシャツに、黒い短パン、オレンジ色のスニーカーと目立ついでたちだ。その背中にはカップ麺の段ボール箱が4つあった。「重さは10kgくらいかな」。それ以外の持ち物は着替えとアメだけだ。飲料水は意外にも持たないという。「アメをなめれば十分だよ」と笑う。登山中に水を飲まないのは、考えられないことだ。だが、チャンプは常人ではない。山登りをほぼ毎日続けた男ならではの、登山術なのだろう。
7000回登山のために新調したスニーカー
7000回登山のために新調したスニーカー

 ヤマユリに見送られながら、チャンプは大倉尾根と呼ばれる登山道に入った。大倉尾根の別名は、「バカ尾根」という。この名前の由来は定かではない。だが、何となく想像はできる。標高差1200mもある厳しい登山道を、バカのようになってひたすら登らなければならない……。そんなところだろうと思う。実際に4時間以上も登り続けていると、「おれは何やっているのだろう」とバカバカしくなってくる。

ヤマユリに見送られて登山道を進む
ヤマユリに見送られて登山道を進む

 だが、チャンプは7000回近く、この尾根を歩いてきた。定年前は、夜勤を含む仕事をこなしながら、毎日山頂に立っていた。1日に4往復したこともある。なぜそんな超人的なことをするのか。かつて新聞記者だった筆者は、そう聞いたことがあった。「山小屋で、みんな待っているからね。それだけ」とぼそっと語っていた。それも事実だろう。一方、私は東北出身者の朴とつとして、一本気なこだわりを見た思いがした。筆者の両親も東北の出身だ。それだけに、どこか父の、そして母の横顔を見るような気がしてならない。

 時折大雨に振り込められながら、チャンプは高度を上げていく。とにかく早い。10kgの荷物はチャンプにとっては軽い方だ。以前3度の同行取材をさせていただいたが、いずれも荷物は30kfを超えていた。重い荷を背負ってもチャンプの足取りはリズミカルで乱れることはない。「これ(歩荷)は趣味だからね。これで食っているわけではないから」とこともなげに言う。
 同僚が「歩くコツは」と尋ねた。チャンプは「ないよ。歩くコツはない」「自然にマイペースで」「競争じゃないから」と言葉を継いだ。ふくらはぎや太ももは、高齢者とは思えないほど鍛え上げられている。一歩ごとにグッ、グッと隆起している。

得意のVサインで万歳
得意のVサインで万歳

廃屋となった山小屋を見るチャンプ
廃屋となった山小屋を見るチャンプ



 出会った登山者から「7000回、おめでとう」と声を掛けられ、握手を求められた。「ありがとう」と笑顔で応じる。
出会った登山者と記念の握手
出会った登山者と記念の握手

笑顔で山頂へ
笑顔で山頂へ

 午後12時半、ついにチャンプは塔ノ岳山頂に立った。両腕を突き上げながら、「やりました。ついに山頂にたどり着きました」「万歳! ありがとうございました」と満面の笑みだ。
7000回目の塔ノ岳山頂
7000回目の塔ノ岳山頂

 山小屋・尊仏山荘の室内には、「丹沢チャンピオン 畠山さん 前人未踏 7000回」の手書きの横断幕が張られていた。その前で、チャンプは「感無量。満足です。万歳!」と手を突き上げた。
チャンプに、7000回登山の原動力を聞いた。「心です。気持ち」と帰ってきた。「(塔ノ岳を何千回も登っている)先輩がいたんだけど、そういう人たちを超えてみたいと思ったわけ。今それを超えてチャンピオンになった」とうれしそうだ。今後の目標を問うと、「80歳までに1万回」と答えてくれた。


万歳をする畠山チャンプ
万歳をする畠山チャンプ

山小屋・尊仏山荘の日誌に記帳する
山小屋・尊仏山荘の日誌に記帳する

 畠山チャンプはほぼ毎日塔ノ岳にやって来る。チャンプと会うためには、午前9時ごろ、尊仏山荘に立ち寄るのが、確率は高いだろう。また、普段は大倉バス停から荷揚げはしていない。戸沢から天神尾根を経て大倉尾根に上がってくる。チャンプは登山者と出会うと、Vサインの万歳で喜びを表現してくれる。チャンプの笑顔に励まされ、チャンプも喜んでくれる。ぜひ笑顔の交換を楽しみたい。【毎日新聞元編集委員、日本山岳ガイド協会認定登山ガイドステージⅡ・小野博宣】

一息つきながら、カップ麺を食べる
一息つきながら、カップ麺を食べる

参考:6000回同行取材
登山コラム《山記者小野博宣の目》
2018年7月15日 塔ノ岳・番外編 丹沢チャンプ畠山さん 21世紀・強力伝


●筆者プロフィール●
 1985年毎日新聞社入社、東京社会部、宇都宮支局長、生活報道部長、東京本社編集委員、東京本社広告局長、大阪本社営業本部長などを歴任。2014年に公益社団法人日本山岳ガイド協会認定登山ガイドステージⅡの資格を取得。毎日新聞社の山岳部「毎日新聞山の会」会長


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