登山コラム《山記者小野博宣の目》
山岳気象予報士・猪熊隆之さんと学ぶ 夏山の観天望気~霧ヶ峰


 真っ青な空が広がり、足元には緑の草原がどこまでも続いていた。さわやかな高原の風がほほをなで、流れてゆく。2021年7月末、長野県の霧ケ峰を舞台に、山岳気象予報士の猪熊隆之さんによる「雲見トレッキング」が行われた。雲の形や風向、風速など気象現象から、天気を予測して安全登山に役立てる実技講座だ。

 参加者8人は24日にJR茅野駅に集合し、バスで霧ヶ峰に移動した。車中、マイクを手にした猪熊さんは、山の上に雲がかかっているのを見て、「山のところにだけ雲ができていますね」と語り始めた。「雲は水蒸気が冷えるとできます」「風が吹くと、風は山の斜面に沿って上昇して、水蒸気が冷やされ、雲ができやすくなります」。風と山、そして雲の関係を分かりやすく解説した。

 八島ヶ原湿原付近でバスを降りた一行は、雨に降られながらも2時間かけて山小屋に移動した。山小屋で一息ついた後、座学を開始した。「平地で上昇気流が起きるのは、低気圧と前線がある時です。そういう時は、平地でも雨ですし、山でも雨になります」。ところが、と区切ってから「平地が晴れでも山では天気が荒れている時があります。そういう時に気象遭難が起きやすくなります」と続けた。
 さらに、「『風』『濡れ』『低温』の3つの条件が重なると、低体温症になります」と話した。北アルプスでは日本海からの、南アルプスでは太平洋からの風が吹くと低体温症の事故が起きやすくなると注意喚起した。また、天気図の等圧線の間隔について、「等圧線の間隔が狭ければ狭いほど風が強くなります」と指摘。登山前には「等圧線の間隔は必ず見たほうがいい」とアドバイスした。

DSC_6986山の気象について講義をする猪熊隆之さん
山の気象について講義をする猪熊隆之さん

 翌日、快晴の中、車山(1924m)を目指す。朝のストレッチの時に、猪熊さんは「今は午前7時過ぎですね」と時間を確認した。「正面に見える雲のように、早朝から雲がもくもくしている時は要注意です。雷雲が発達するおそれがあります」と語った。そういう時は、登山行動を早めに切り上げることも付け加えた。遠くからカッコーの声が聞こえてきた。都会では聞くことができない鳥の声に、耳をそばだてた。草原に黄色い花が点在している。ニッコウキスゲの群落だ。猪熊さんら一行は花々の写真を撮影しながら、歩いた。車山山頂への登山道は緩やかな傾斜で歩きやすい。タカネナデシコの花々も見えた。空に広がる雲を指し、「ムラのない雲は層状の雲です。昨日の入道雲が弱って広がって、層状の雲になった感じですね」と解説をしてくれた。
DSC_7065ニッコウキスゲの群落
ニッコウキスゲの群落

DSC_7081ニッコウキスゲの群落を横目に、山頂を目指す
ニッコウキスゲの群落を横目に、山頂を目指す

 また、カラマツの幼木が一本生えているのを目ざとく見つけて、「これはカラマツですね。地球温暖化の影響でカラマツが侵食してきています」「将来、(カラマツ林となり)草原の景色がなくなってしまうかもしれません」と憂えた。

 1時間ほどで山頂に到着した。猪熊さんは「登頂おめでとうございます。日本百名山の車山です」と参加者に声をかけた。「夏の霧ケ峰は気持ちがいいですね。風が涼しいですよね」と話しかけ、皆の笑顔が広がった。参加者の一人は「山の天気を分かりやすく解説してくれてありがたい。雲の動きから、自分の行動を考えたい」と話した。気象を原因とした事故や遭難を防ぐためにも、山の天気は学んでおきたい。【毎日新聞元編集委員、日本山岳ガイド協会認定登山ガイドステージⅡ・小野博宣】

DSC_7119ウスユキソウ
ウスユキソウ


DSC_7134ダイナミックに雲がわく
ダイナミックに雲がわく

DSC_7192山頂付近で解説する猪熊さん
山頂付近で解説する猪熊さん

DSC_7229タカネナデシコ
タカネナデシコ

DSC_7295正面の蓼科山を見ながら下山する。手前は白樺湖
正面の蓼科山を見ながら下山する。手前は白樺湖


【山の気象を学ぶために】山の天気を学ぶためには、書籍を読んだり講座に参加したりしたい。山と渓谷社から発売されている大著「山岳気象大全」(猪熊隆之著、2200円税別)は必ず押さえておきたい一冊だ。「ヤマケイ新書 山の観天望気 ~雲が教えてくれる山の天気~」(猪熊、海保芽生著、1000円税別)は観天望気のコツや山の天気の急変を素早く知る方法を伝えてくれる。
 猪熊さんが代表取締役を務める株式会社ヤマテンの予報を利用するのも、山の天気を手早く知るには便利だ。山をよく知る気象予報士が全国18山域59山の山頂の予報を日々発表している。無料でも利用できるのだが、月額330円(税込)を支払い、会員になると、すべての予報と天気図を閲覧できる。筆者も会員登録し、スマホでヤマテンの予報を毎日チェックしている。山行計画の作成に役立てたり、山行途中の計画変更の検討材料にしたりと使い勝手がいい。

山と渓谷社 著者「猪熊隆之」一覧
https://www.yamakei.co.jp/products/?query=%09%E7%8C%AA%E7%86%8A

ヤマテン ホームページ
https://i.yamatenki.co.jp/


●筆者プロフィール●
 1985年毎日新聞社入社、東京社会部、宇都宮支局長、生活報道部長、東京本社編集委員、東京本社広告局長、大阪本社営業本部長などを歴任。2014年に公益社団法人日本山岳ガイド協会認定登山ガイドステージⅡの資格を取得。毎日新聞社の山岳部「毎日新聞山の会」会長