登山コラム《山記者小野博宣の目》
硫黄岳(山梨県)-大阪・毎日登山塾2022-ステップ5


八ケ岳連峰の硫黄岳(2760m)は、優しい山だ。山小屋・赤岳鉱泉から樹林帯を登り、山頂に出る。なだらかで、広々としていている。空も大きく感じられ、腰を下ろせば、のんびりとした時間を楽しめる。
 もうひとつの喜びは、連峰の主峰である赤岳(2899m)の峩々(がが)たる姿を眼前に眺められることだ。その英姿は目も眩むほどで、堂々たる様にため息が出る。足元に目を転じると、爆裂火口が巨大な空洞をさらし、不気味な岩肌をむき出しにしている。人が立ち入らぬように、鎖の柵は設えてある。
 しかし、引き込まれるような錯覚を覚えてしまう。何年も前のことを思い起こした。火口の岩峰に、牛のような大きさの動物が立ち尽くしていた。目を見開いて、人間たちをにらみつけているようだ。すぐにニホンカモシカとわかった。筋肉質の体躯はピクリとも動かない。何十㍍も離れているが、見据えられたようで私も身動きが取れず、珍獣と相まみえる形になった。その後、ニホンカモシカがどこへ消えたのか、なぜ写真を撮らなかったのか、まったく記憶がない。一瞬の出会いを懐かしく思い起こすばかりだ。

2022年7月10日午前6時半、八ケ岳山麓の山小屋・美濃戸山荘を毎日新聞旅行の富士山塾の参加者18人が出立した。富士山塾は、登山初心者の方々が低山から登り始め、徐々に高度を上げて、夏には富士山に挑戦する企画だ。一行は前日に大阪・梅田を出発し、午後には山荘に到着していた。
曇りがちの空に、高山宗則・登山ガイドは「雨がいつ降ってもいいように準備をして、出発しましょう」「レインウェアはザックの上の方に入れておいてください」と細かなアドバイスをした。約1時間で「堰堤(えんてい)広場」に到着した。「ここで休憩しましょう」と声をかけ、「気分悪い人はいますか」「昨日よく眠れなかった人はいますか」と参加者の体調を気遣った。
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10分ほどの休憩の後、出発した。樹林帯の中を歩く。高山ガイドは「次に休憩をとる山小屋・赤岳鉱泉まではだらだらとした登りが続きます」と声をかけた。午前9時前に鉱泉に着いた。「標高は2200mもあります。今まで(自力で)登ったことのない高さだと思います」と話すと、何人かの参加者が頷いた。
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30分ほど休んだ後、硫黄岳を目指して歩み始めた。まず樹林帯の中を登りつめ、午前11時9分、稜線に飛び出た。「赤岩の頭(かしら)」と呼ばれる岩場だ。ここで小休止した後、山頂に向けて最後の登りに取り掛かった。小さな岩場が現れた。両手で岩をつかみ、身体を持ち上げる。初心者には緊張を強いられる場面だ。ここを乗り越え、全員が山頂に到達したのは、正午前だった。
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硫黄岳山頂
曇りがちではあるが、青空ものぞいていた。迫力ある爆裂火口には「火口にこんなに近づいたのは初めて」と、その荒々しさに歓声を上げる人もいた。残念ながら赤岳は雲の中だったが、「赤岳が見えていればどちらの方角ですか」と尋ねられた方もいた。

硫黄岳の爆裂火口

 20分ほどの昼食休憩の後、夏沢鉱泉に向かった。下山ルートはざれて歩きにくい道が続く。高山ガイドは「足の下(には石があり、その石)は動くことを前提に歩いてください」「油断しないように」と注意喚起をした。全員が足元に気をつけながら歩き通し、山小屋・夏沢鉱泉に着いたのは午後2時40分だった。歩行時間は休憩も入れて、約8時間に及んだ。
 3日目の11日は林道を2時間ほど歩き、桜平で専用バスに乗車し、大阪への帰途についた。
 次回はステップ6・富士山となった。いよいよ本番である。バス車内では、参加者の皆さんは「富士山に必ず登る」と意気揚々だった。
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【毎日新聞元編集委員、日本山岳ガイド協会認定登山ガイドステージⅡ・小野博宣】
●筆者プロフィール●
1985年毎日新聞社入社、東京社会部、宇都宮支局長、生活報道部長、東京本社編集委員、東京本社広告局長、大阪本社営業本部長などを歴任。
2014年に公益社団法人日本山岳ガイド協会認定登山ガイドステージⅡの資格を取得。
毎日新聞社の山岳部「毎日新聞山の会」会長