登山コラム《山記者小野博宣の目》
硫黄岳(2760m)
-東京・安心安全富士登山2022-ステップ6

相性の悪い山がある。何度登っても、雨や曇で絶景に恵まれない。筆者にとって、そんな山は八ガ岳連峰の硫黄岳(2760m)だ。22年は3月の積雪期と、7月上旬に出かけた。春は山頂の雪を踏みしめたが、もやの中だった。7月も霧に覆われてしまった。
 ところが、8月8日の登頂では、快晴となった。山頂からは、八ガ岳の主峰・赤岳(2899m)の威容が見通せた。さらに雄大な爆裂火口の縁を歩いた。しばらく進むと、灰色の石や岩の間にピンク色の小さな花が見えた。「もしや」と思い、駆け寄った。なんとコマクサではないか。硫黄岳で「高山植物の女王」に出合えるとは思ってもいなかった。最愛の人と行き会ったような歓喜がこみあげてきた。周囲にいた人々も声を上げていた。

山頂のコマクサ

 コマクサを鑑賞できたのは、まいたび(毎日新聞旅行)主催の「安心安全富士登山教室」ステップ6でのことだ。登山初心者が3月の高尾山(599m)から月ごとに標高の高い山に登り、徐々に山の技術と体力を身に付けてゆく。そして、8月には富士山に登るという企画だ。今回の参加者は16人で、多くの方が富士山を目指して努力を重ねてきた。
 8月7日早朝に新宿駅に集合した参加者は専用バスで、長野県茅野市の登山口に向かった。降り立った一行は林道と山道を3時間余り歩き、山小屋「赤岳鉱泉」に投宿した。

赤岳鉱泉名物のステーキ定食

赤岳鉱泉の前で朝の準備体操。いよいよ硫黄岳に登る

 8日は午前4時に起床し、出立した。樹林帯をゆっくりと登ってゆく。木々の間のつづら折りの登山道は、どこまで続くのかと思わせた。参加者の呼吸も乱れがちとなった。

朝もやの登山道を進む

先頭を歩く豊岡由美子・登山ガイドは「自分のタイミングで深呼吸をしてください」とアドバイスをした。やがて植生がカラマツに変わり、コバイケイソウも見え始めた。いずれも高山に育つ植物だ。
午前7時8分、樹林帯を抜け、稜線の岩場に飛び出た。

いよいよ山頂だ。滑りやすい斜面を登る

「着いた」と安堵した参加者もいた。豊岡ガイドは「ここはまだ山頂ではないよ」と注意喚起した。だが、頂(いただき)は目の前に見えた。休憩の後に、豊岡ガイドは「あれ(山頂)を富士山と思って行こう!」と呼びかけた。
山頂までの登山道は、砂や石で足を取られやすい。傾斜も急となった。豊岡ガイドは「滑りやすいので一歩一歩を丁寧に」と声をかけ続けた。そして、同50分、硫黄岳の山頂に全員が立った。

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「やっと着いた」「硫黄岳でこんなにきついのに、富士山は大丈夫か」との声が聞こえた。「大丈夫。ここまで来れば、富士山は登れるよ」と豊岡ガイドは励ました。コマクサを観察し、休憩した後は下山の途についた。「ゆっくり下りましょう」「つま先からしっかり足を地面についてください」。ガイドの声が響いた。

【毎日新聞元編集委員、日本山岳ガイド協会認定登山ガイドステージⅡ・小野博宣】
●筆者プロフィール●
1985年毎日新聞社入社、東京社会部、宇都宮支局長、生活報道部長、東京本社編集委員、東京本社広告局長、大阪本社営業本部長などを歴任。
2014年に公益社団法人日本山岳ガイド協会認定登山ガイドステージⅡの資格を取得。
毎日新聞社の山岳部「毎日新聞山の会」会長