登山コラム《山記者小野博宣の目》
入笠山1泊2日
-秋の入笠山~空の観察とのんびりハイク


どの季節に訪れても、何度足を運んでも、楽しめる山がある。筆者には、富士山がそんな山のひとつだ。仕事とはいえ、2022年8月には5回も山頂を踏んだ。雄大な影富士を見たり、ブロッケン現象と遭遇したり、富士山は行くたびに違う顔を見せてくれた。
 そんな山がもうひとつある。長野県富士見町と伊那市にある入笠山だ。標高こそ1955mと中級山岳の部類だが、こちらも見るものが多く、毎年足を踏み入れている。
 今年は、山岳気象予報士、猪熊隆之さんの「雲見トレッキング」(主催・まいたび=毎日新聞旅行)に同行した。山の天気について学び、気象遭難を防ごうというツアーだ。

10月29日午後1時27分、猪熊さんをはじめとする一行17人は、入笠山の山頂にいた。快晴で八ケ岳連峰がはっきりと見通せた。「順に編笠岳、権現岳、一番高いのが赤岳です。雲がかかっているのが硫黄岳です」と、猪熊さんが伝えた。「今日は八ケ岳の裏側に雲ができています。太平洋側は(雲が)やる気を出して、雲が高くなっています」と続けた。

八ケ岳連峰を背景に、山の天気について語る猪熊さん
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山頂間近に、小さな積雲が浮かんだ。猪熊さんは目ざとく見つけて、「あっ、あれ、出来たての綿雲ですよ。でも、すぐに消えます」と声をかけた。そして、綿雲は大気に溶け込むように姿を消した。「本当だ」「面白い」。参加者から歓声が上がった。
山頂を後にした一行は、山小屋「マナスル山荘本館」で講義を受けた。スライドを使いながら、雲の成り立ちや雲と山の天気の関係を分かりやすく解説した。
マナスル山荘本館での講義風景
 まず「登山では気象のリスクはつきものです。(天気を)予想すればリスクは避けられます」「事前に天気図を読み、『上(山頂)は厳しそうだ』と予想すればリスクはなくなります」と、山頂の天候を登山前に予測しておくことの大切さを強調した。      
 さらに登山行動中の注意点として、「雲や風が変化する前兆は必ずあります。天候変化のサインをうまくつかまえると、早めの避難行動に結びつきます」などと話した。   
 さらに「雲ができるから天気は変化します」と続けた。「(水蒸気を含んだ)風が吹き、そこに山があると(風は)上昇気流になり、雲ができます。今日雲があったところは、みんな山でしたね」。参加者がうなづいた。「では、水蒸気が多いところはどこか。海の上です。山では、海側から風が吹くと天気が崩れます」とした。「登山のリスクは風が強くなると大きくなります」「それを天気図で確認します。天気図で確認するのは、等圧線です。等圧線で風の向きと強さを調べます」と語った。

次いで、入笠山の気象特性にも触れた。「入笠山は太平洋からも、日本海からも遠く、水蒸気が入りにくい」「しかし、水蒸気は川沿いに入ってきます」「南西の風の時には、天竜川に沿って浜松の海の水蒸気が入ってきます」「南東の風が吹く時は、富士川から太平洋の水蒸気が入ってきます」「西風が吹くと、入笠山はどよーんと曇ってしまいます」と、天候が悪化する条件を伝えた。
 一方、晴天となる時は「北西や北風の時」という。なぜか。「標高の高い北アルプスが風を遮り、風が入らない。入笠山は晴れになります」。山と天候の変化を知るために「天気図より、地図を見た方が良い時があります」と付け加えた。

夜には星空観察をし、翌早朝も入笠山へ。猪熊さんは、雲を指して「層積雲と霧雲ですね」と話し始めた。「層積雲は厚さが薄くて、雨は降りません。青空が透けて見えそうです」「いま南西の風ですね。湿った風が天竜川に沿って入ってきています」と説明した。

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八ケ岳は稜線がはっきりと遠望できた。「八ケ岳は晴れています。下降気流で雲が消えています」と話した。下山時にも、あちこちで立ち止まり、雲と山の天気について語り続けた。八ケ岳を一望する展望台では、山々を指さした。「晴れているのが天狗岳です。天狗岳と横岳の間は強風が吹いています。草も生えません。植生を見ると風が強いところが分かります」。熱心で丁寧な語り口は、猪熊さんの持ち味だ。安全登山のため、猪熊さんから学ぶことは多い。
カラマツが色づく入笠湿原。入笠山の入り口だ
【毎日新聞元編集委員、日本山岳協会認定登山ガイドステージⅡ・小野博宣】
●筆者プロフィール●
1985年毎日新聞社入社、東京社会部、宇都宮支局長、生活報道部長、東京本社編集委員、東京本社広告局長、大阪本社営業本部長などを歴任。2014年に公益社団法人日本山岳ガイド協会認定登山ガイドステージⅡの資格を取得。毎日新聞社の山岳部「毎日新聞山の会」会長


◎入笠山◎

南アルプス北端に位置する好展望の山。山頂は広く、八ケ岳連峰、北アルプスも遠望できる。冬には、そり遊びも楽しめる。花の山としても人気だ。入笠湿原はスズランの群生地であり、最盛期(6月)になると甘い香りが漂う。「入笠すずらん山野草園」には、絶滅危惧種の釜無ホテイアツモリソウが見事な花をつける。山頂付近までゴンドラで登ることができ、家族連れらでにぎわっている。
入笠山に咲く花・スズラン
入笠山に咲くホテイアツモリソウ
入笠山に咲く花・カタクリ