登山コラム《山記者小野博宣の目》富士山2泊3日
-東京・安心安全富士登山2022-ステップ7
名曲「カントリーロード」の歌声が、夕暮れの富士山に流れた。標高2700m超に位置する山小屋「七合目 日の出館」の広間には、マスク姿の登山者が体を揺らし、手を叩いていた。タンバリンを持って踊りだす女性もいた。ウクレレを片手に歌っているのは山小屋の従業員、山岸亮太さん(29歳)だ。「サライ」「山唄(『島唄』の替え歌)」も披露し、喝采を浴びた。他の従業員のけん玉やマジックショーもあった。富士山には個性的な小屋が多いが、音楽などでの歓待は珍しい。「芸達者だね」と好評だった。
熱唱する「七合目 日の出館」の山岸さん(お客さんは距離を取り、マスクをしています)
客は「まいたび(毎日新聞旅行)」が主催する「安心安全登山教室2022」の参加者22人だ。教室は2月の机上講座から始まり、高尾山(599m)、筑波山(877m)と徐々に標高を上げ、夏には最終目標である富士山(3776m)に登るというものだ。
7月29日早朝に新宿駅前に集合した一行はバスで、登山口であるスバルライン五合目(山梨県)に移動した。装備を整え、吉田ルートに向かった。
オダマキの仲間
先頭の豊岡由美子・登山ガイドは石混じりの登山道を歩き始めると、「時々顔を上げてください」「滑りやすいので注意してください」と声をかけた。さらに「(登山道の)壁側に寄ってくださいね」と伝えた。壁(山)側に寄るのは、落石から身を守ることだ。さらに谷側を歩くと、誤って石を下に落とすかもしれない。つづら折りの登山道が続く富士山では、落石の先にも登山道があり、そこには必ず登山者がいる。石が直撃すれば、大事故になることもある。山中湖を後ろに見て、登る富士山教室の参加者たち
岩場に差し掛かると、「足元をよく見て、安定したところに足を置いてください」「(立ち入り禁止地域を示す)白いロープに触らないでっ。スポッと抜けますよ」と声をからした。
午後1時半ごろ、日の出館に到着した。夕食では、ハンバーグ弁当がふるまわれた。ご飯に梅干し、ハンバーグにゴボウサラダ、お新香だ。富士山の夕食は、カレーライスと相場が決まっている。しかし、日の出館は「翌日の夕食はカレーライスでしょう。二日続けてカレーライスではかわいそうなので、うちはハンバーグとしました」と言う。この親切心がこの小屋の魅力だろう。
午後1時半ごろ、日の出館に到着した。夕食では、ハンバーグ弁当がふるまわれた。ご飯に梅干し、ハンバーグにゴボウサラダ、お新香だ。富士山の夕食は、カレーライスと相場が決まっている。しかし、日の出館は「翌日の夕食はカレーライスでしょう。二日続けてカレーライスではかわいそうなので、うちはハンバーグとしました」と言う。この親切心がこの小屋の魅力だろう。
翌30日は午前4時に起床し、30分後に出立した。明けてゆく空に見守られながら、黙々と足を動かす。ご来光のきらめきに、「きれいだよー」との歓声が上がる。遠くに八ガ岳連峰が見えた。豊岡ガイドは「ゆっくり」「ゆっくりね」「段差があるので注意して」と繰り返し、参加者に声をかけた。
8合目、9合目と高度を上げて、山頂に近づいてきた。豊岡ガイドが「山頂が見えるよー」と励ました。寒風の中で大汗をかき、あえぐように登る参加者たち。山頂を前に「もうちょっと」「あれが山頂か」と気合を入れ直した。
残念だが、安全のために致し方ない。一行は、2泊目の宿・白雲荘を目指して下山路をたどった。雷に追われることはなく、無事に到着した。安どの表情とともに、登頂を祝って祝杯を挙げた。
【毎日新聞元編集委員、日本山岳ガイド協会認定登山ガイドステージⅡ・小野博宣】
8合目、9合目と高度を上げて、山頂に近づいてきた。豊岡ガイドが「山頂が見えるよー」と励ました。寒風の中で大汗をかき、あえぐように登る参加者たち。山頂を前に「もうちょっと」「あれが山頂か」と気合を入れ直した。
山頂に到着し、豊岡ガイド(左)とハイタッチ
午前10時15分過ぎ、山頂に最初の1人が到達した。豊岡ガイドとハイタッチをする人々。皆が笑顔だ。「やっと念願がかなった。自分が富士山の山頂に立てるなんて」。登山初心者の参加者が毎月山登りをし、努力を重ねてきた。その頑張りが山頂に結実した。フジハタザオ
豊岡ガイドも「半年間、よく頑張りました」とねぎらった。この後、最高峰の剣ガ峰に移動しようとした時だ。晴天の空に「ゴロ、ゴロ、ゴロ…」と雷鳴が響いた。富士山で雷の音を聞いたら、山小屋に逃げ込むのが原則だ。だが、富士山頂のすべての場所に山小屋があるわけではない。また、吉田ルートの下山道は8合目まで山小屋はない。剣ケ峰に行くのは中止し、下山にかかった。残念だが、安全のために致し方ない。一行は、2泊目の宿・白雲荘を目指して下山路をたどった。雷に追われることはなく、無事に到着した。安どの表情とともに、登頂を祝って祝杯を挙げた。
【毎日新聞元編集委員、日本山岳ガイド協会認定登山ガイドステージⅡ・小野博宣】
●筆者プロフィール●
1985年毎日新聞社入社、東京社会部、宇都宮支局長、生活報道部長、東京本社編集委員、東京本社広告局長、大阪本社営業本部長などを歴任。
2014年に公益社団法人日本山岳ガイド協会認定登山ガイドステージⅡの資格を取得。
毎日新聞社の山岳部「毎日新聞山の会」会長