登山コラム《山記者小野博宣の目》 富士山2泊3日
-東京・安心安全富士登山2023-ステップ7(230827)

「感動しました」「うるうるしました」。
富士山の山頂に立った際の喜びを西東京市の松村晴美さん(66)は、そう語った。
「火口を見た時、富士山ってすごいなと思いました」と話しつつ、眼に光るものがあった。実は家族に富士登山を反対されたという。4月に、登山初心者向けの実技講座「安心安全富士登山教室」のステップ2・大山に参加した折に、転倒してろっ骨を骨折した。そのせいもあって、家族に「富士山はあきらめるのでしょう?」と言われたと明かす。「でも、あきらめきれませんでした」

2023年8月28日午前4時過ぎ、吉田ルート7合目の山小屋「日の出館」前には、教室の参加者19人が集まっていた。松村さんの顔も見えた。
渡辺四季穂・登山ガイドが「お水飲んでいますか」と声をかけた。
「今日はカロリーを消費します。カロリーのあるものを飲んでください」と続けた。同4時半、薄暗がりの中を出発した。7合目から先に、歩きやすい登山道はない。ゴツゴツとした岩場の上を歩き、頭上の斜面には大小の岩と石が鎮座し、今にも落ちてきそうだ。「(岩の上でも)平らなところはあります」「しっかり踏み込んで」「落石にも注意」と渡辺ガイドが繰り返した。

同8時15分、今宵の宿となる8合目の山小屋「白雲荘」に着いた。登山に必要のない荷物を預けて、再び出発した。雲が追いかけるようにして沸き立つ。「だいぶ雲の上になりましたね」。さらに「すでに3200mを超えています。空気が薄くなっていますよ」と付け加えた。
先頭の渡辺ガイドはゆっくりと歩く。「このペースが鍵です」とも。山小屋に設置されたベンチなどで休憩を繰り返した。
9時40分過ぎ、ルート最後の山小屋に到達した。標高3450m。山頂はもう間近だ。

山頂近くを慎重に登る渡辺ガイド(先頭)ら
山頂近くを慎重に登る渡辺ガイド(先頭)ら

そして、11時15分過ぎ、女性参加者が最初に山頂に姿を見せた。「着いた~」と言いながら、渡辺ガイドとグータッチを交わした。その後、すべての人が頂を踏んだ。

山頂でグータッチ
山頂でグータッチ

松村さんは数年前まで関西に住んでいた。「富士山は身近なものではなかった」と振り返る。
「普段は見えることはなく、新幹線や飛行機から見られるだけ」。
しかし、関東に引っ越した今は違う。
「富士見荘というアパートがあるし、近所のスーパーからも富士山は見える」。
それでも「(富士山は)手を合わせるような存在」だった。その山頂に登った今は、「ちょっと親しくなった気がします。手を合わせる感じから、『ようっ』て手を上げてあいさつする関係と言いますか。仲良くなれた気がします」。畏敬の念から親愛の情へ。富士山を見るたびに、微笑みが浮かぶ。そこに登った者だけが知る喜び、といえるのではないだろうか。

剣ヶ峰を後ろに山頂を歩く
剣ヶ峰を後ろに山頂を歩く
荒々しい火口
荒々しい火口
朝焼けの中を下山した。土の壁に行列の人影が映った
朝焼けの中を下山した。土の壁に行列の人影が映った
富士山の固有種・フジアザミ
フジアザミ
5合目で記念撮影
5合目で記念撮影

【毎日新聞元編集委員、日本山岳ガイド協会認定登山ガイドステージⅡ・小野博宣】
 ●筆者プロフィール●
1985年毎日新聞社入社、東京社会部、宇都宮支局長、生活報道部長、東京本社編集委員、東京本社広告局長、大阪本社営業本部長などを歴任。
2014年に公益社団法人日本山岳ガイド協会認定登山ガイドステージⅡの資格を取得。毎日新聞社の山岳部「毎日新聞山の会」会長。